革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

高精度姿勢制御とマルチスペクトルカメラによる地球・海洋観測で世界の食糧問題解決への貢献を目指す

東京工業大学

理学院 谷津陽一 准教授

東京工業大学をはじめとする産学連携チームによる陸海域分光ビジネス実証衛星「うみつばめ」。マルチスペクトルカメラで観測したデータを漁業・農業分野や環境モニタリングに活用し、世界の食糧問題解決に貢献する宇宙ビジネスを目指している。提案代表者の東京工業大学 谷津陽一准教授にお話を伺った。

- ご自身の研究内容について教えてください。

私はX線・ガンマ線天文学の研究をしています。これはブラックホールや中性子星など超高密度かつ超高温という極限環境における天体物理の観測的研究で、最近最も関心を持っているのは重力波現象です。重力波とはブラックホールなどの非常に重い天体が合体したときに発生するものですが、地上のロボット望遠鏡やAIなどを使って重力波源の天体を観測する装置の開発を行っています。さらには人工衛星に搭載する装置の開発も行っています。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。

我々が提案した陸海域分光ビジネス実証衛星「うみつばめ」は、スタートラッカを用いた姿勢計測の実験と陸海域の分光ビジネスの実証を行うための人工衛星です。

学術利用を含むさまざまな観測対象に使えるマルチスペクトルカメラを超小型衛星に搭載します。現在、JAXAのALOS(「だいち」)シリーズをはじめ民間企業の衛星コンステレーションなど数多くの地球観測衛星が打ち上げられていますが、これらの衛星は基本的に観測画像の形状分析を目的としていると考えています。一方我々が目指しているのはスペクトル観測(分光観測)です。

今回の「うみつばめ」では海をメインターゲットとします。沿岸海域のサンゴ礁、マングローブ、海藻などは地球全体の50パーセント以上の二酸化炭素を吸収しているといわれており、海域で吸収・貯留される炭素はブルーカーボンと呼ばれています。これらを衛星軌道上から密に観測することでブルーカーボンの活動性評価を行い、将来的には環境保全に活用できるような情報取得を行うことで地球環境の維持に貢献していきたいと考えています。

また沿岸域だと養殖業など人間の生産活動の場でもありますので、衛星データを活用することで環境負荷を抑えつつ生産性を高めることに貢献できると思っています。

「うみつばめ」単体でできることは限られていますので、将来的に、「うみつばめ」とドローン、航空機、地上の観測システムなどを連携させた分光データ解析を行うための統一的プラットフォームを構築することが目標です。そのため多くの企業・研究機関が開発チームを組んで協力して進めています。

陸海域分光ビジネス実証衛星 うみつばめ PETREL イメージ画像

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。

私は天文学の研究者なので、天体観測の超小型衛星を作りたいと考えていました。そして、衛星による天体観測は軌道上の夜の時間に行うのですが、天体観測をしていない昼間の時間を宇宙事業のために使うという枠組みを作れば、今までにない革新的な産学連携になるのではないかと考えました。1つの衛星を昼と夜で別に利用するということで、いわば「サテライトシェアリング」ですね。そこで私たちが衛星を作るからセンサの開発や解析をしてくれないかと企業に持ちかけて快諾してもらい、現在に至っているわけです。

- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

私は革新的衛星技術実証1号機の小型実証衛星1号機(RAPIS-1)にDLAS(Deep Learning Attitude Sensor)という小型のセンサ・スタートラッカを搭載し、実証を行いました。これはすばらしい経験だったというだけでなく、小型衛星用として世界トップレベルのスタートラッカを開発し製品化することに成功しました。革新的衛星技術実証2号機の「ひばり」や今回の「うみつばめ」でもこのスタートラッカを使って姿勢制御をしており、まさに革新的衛星技術実証プログラムで生まれた技術を基盤として宇宙開発をしています。

私はこれまで衛星開発の経験がなかったわけですから、新参者に門戸を開いてくれた革新的衛星技術実証プログラムには感謝しています。RAPIS-1の開発や運用に関してもJAXAは新しく柔軟な印象があり、日本の宇宙開発を変える契機になるかもしれないという期待を抱いたことが、今回の革新的衛星技術実証3号機への応募にもつながっています。

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

衛星の管制や通信は電波を使って行いますが、そのための設備は総務省に申請して免許を受けなければなりません。衛星開発において大変なことの一つが電波申請に関する書類作成で、日本の宇宙産業を考えたときに参入障壁の1つになっているのではないかと認識しています。これについてJAXAがサポートしてくれた点はありがたく思っています。

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

決められたスケジュールの中での衛星開発は苦労も多くありますが、この衛星の観測データを欲しがっている研究者や企業が国内外にたくさんいますので、その方たちのためにも頑張っている状況です。企業からは、「最高の装置・衛星を作るために協力するから、大学は良いデータを撮って優れた科学成果を出すことに集中してほしい。その事業化は企業が頑張って、将来基礎科学に還元する。」と言っていただいています。得意分野を生かして協力し合うことで、シナジーを生むとうところに産学連携の面白さを感じています。我々としては学術的な裏付けのあるきちんとしたデータを取って、研究としてまとめるのが最初のステップだと考えています。

我々は産学連携ビジネスモデルを構築し、人類の課題である「持続可能な開発目標(SDGs)」の中でも「世界の食糧問題の解決」という目標を達成することを目指しています。「この惑星(ほし)のためになる衛星を作りたい」という思いをチーム内のみんなが共有し、学術利用だけでなく世の中の役に立つものを作れるということに喜びや楽しさを感じています。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

私は航空宇宙工学を学んだわけではなく、天文学の研究をしていました。しかし「自分の天体観測衛星が欲しい」という一心で実際に衛星を作るところまでこぎつけました。海外の宇宙開発を見ると桁違いの物量に圧倒されますが、日本国内にもまだまだチャンスがあると感じています。私は「うみつばめ」を産学連携で成功させることで、日本の宇宙産業に革命を起こしたいと考えています。同じ志(こころざし)を持っている方は大歓迎ですので、お声がけいただければと思います。

(右から)
うみつばめ プロジェクト代表:東京工業大学 理学院物理学系 准教授 谷津陽一
プロジェクトマネージャー:東京工業大学 工学院機械系 博士1年 小林寛之
姿勢系担当・初代プロマネ:東京工業大学 工学院機械系 博士3年 渡邉奎
システム設計担当:株式会社アイネット 村田悠
システム設計担当:株式会社アイネット 小林宏章

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