革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

宇宙空間で膜を展開し、大気抵抗を用いたデオービット機構を実証する

株式会社アクセルスペース

エンジニアリング本部 ディジタル製造推進グループ長 河村 知浩
宇宙機設計グループ ミッション&コアドメインユニット 倉田 稔

近年、ますます数が増加している宇宙ごみ(スペースデブリ)問題についての対策。膜面展開型デオービット機構「D-SAIL」は宇宙空間で膜面を展開し、わずかな大気抵抗を利用して衛星の高度を下げ、短期間のうちに大気圏に再突入させる機構だ。開発にあたっている株式会社アクセルスペースの河村知浩氏、倉田稔氏にお話を伺った。

- ご自身の業務内容について教えてください。

河村  最初は衛星の機械設計を担当していました。現在は衛星の量産体制を構築する業務を担っております。

倉田  私は姿勢制御の開発を担当しております。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。

河村  膜面展開型デオービット機構「D-SAIL」は、運用を終えた100kg前後の超小型衛星を軌道上から確実に離脱させることを目的とした装置です。具体的には掌に収まるほどの大きさに折り畳んだ約2m2のポリイミドフィルムの膜面を宇宙空間で展開し、軌道上にわずかに存在する大気が膜に衝突することによる抵抗力を受け、衛星の軌道上周回速度を減速させることで衛星の軌道高度を低下させていきます。

通常、衛星が軌道を離脱するにはおよそ20年前後の時間を要しますが、「D-SAIL」を利用することで数年レベルに短縮することを目指しています。今回の実証では「D-SAIL」が軌道上環境下においても正常に膜面を展開するということ、その展開した状態を維持することで所定のデオービット(軌道離脱)性能を発揮できるのかどうかを検証していきます。

かなり以前から、宇宙開発を進める上でスペースデブリが問題になるだろうと予測はありましたが、2010年以降は特に深刻な状況になりつつあります。そうした中、人工衛星を開発している弊社としても軌道上のデブリ環境の保全に資する活動をしていくべきだと考えるようになり、超小型衛星用膜面展開型デオービット機構を開発することにしました。

「D-SAIL」は福井県のサカセ・アドテック株式会社と共同開発で、サカセ・アドテック株式会社には膜面構造物を中心とした機械系の開発を担当していただき、弊社はおもに電気系の設計と「D-SAIL」装置全体としての機能を実現していくシステム設計を担当しています。

倉田  近年、メガコンステレーションと呼ばれる数百機もの小型衛星を用いて、いろいろな宇宙利用を行っていくという流れがあります。それと同時に軌道上をサステナブルな環境に保っていくということも並行して実行していかなければならないと思っています。そういう点からも我々が貢献できるのではないかと考え開発しました。


膜面展開型デオービット機構 D-SAIL(展開後)


膜面展開型デオービット機構 D-SAIL(展開前)

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。

河村  当初「D-SAIL」を自社の衛星に搭載し軌道上実証を行う計画でした。しかし衛星は実用衛星として打ち上げますので、どうしても本来のミッションが終わってから「D-SAIL」の実証を行うことになってしまいます。そうすると打ち上げてから5年ほど経ってようやく軌道離脱の実験を始めるということになり、現時点で衛星を打ち上げても「D-SAIL」の実証が始まるのは2027年以降、実用化できると判断できるのが2030年手前くらいになってしまいます。これでは時間が掛かり過ぎる、どうしようかと悩んでいたところ、ちょうど革新的衛星技術実証3号機の実証テーマの応募が行なわれており、早期に「D-SAIL」の技術実証を行える絶好の機会として応募させていただきました。

- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

河村  ほかの実証機会の場合、どうしても自分たちで衛星バスの用意をしなければなりません。一方この革新的衛星技術実証プログラムでは実証したいコンポーネントを用意するだけで済み、コストや時間のリソースを大幅に低減できるということが魅力でした。またこのプログラムでは定期的に機会提供が行われ、予定どおりに軌道上に実証衛星を投入している確実性というところも選んだ理由の1つです。

- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。

河村  本機器はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成を受け、またサカセ・アドテック株式会社と共同開発しています。また製品の試験を実施する際には筑波宇宙センター内の設備をお借りするなど、多くの外部の方と連携をとりながら開発を進めていました。しかし新型コロナウイルスの影響により、人の往来に制約が発生してしまいかなり苦労しました。現地に行って共同作業することがかなわないということで、リモート技術を活用したり作業分担を見直したりする工夫でなんとか乗り切りました。

倉田  「D-SAIL」は装置の性質上、何年にも及ぶ衛星の通常の運用期間が終了した後に動作し確実に展開する必要があります。そのため、信頼性や使用されるまでの期間の健全性をどのように確認するかといった点などが苦労した点であり工夫した点でもあります。

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

河村  私どもが日々開発していく過程で見落としている部分や技術的課題を指摘していただくことが多くありました。指摘だけではなく、その課題をどうやったら解決できるかということにも二人三脚で取り組み、助言もいただきながら何とか1つ1つの課題に対応することができました。インタフェース調整に苦労した点もありましたが、自社単独で開発するよりも良い製品に仕上がったのではないかと思います。要望としては、革新的衛星技術実証プログラムのような実証機会をもっと増やしていただけたらと思います。

倉田  具体的な技術的なサポートとしては、こういう薄い膜面は軌道上では原子状酸素によって劣化の影響を受けるのですが、当社はそれに関する知見が不足している部分もあって、適切な助言をいただいて大変助かりました。

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

河村  まずは実用化して当社の衛星への搭載を目指していきたいと思っています。さらには他社の衛星でもスペースデブリ対策を取りたいとおっしゃる方がいるなら「D-SAIL」の外販等も目指していきたいですね。今後、超小型衛星の軌道上投入の機会というのは確実に増加すると予想していますし、スペースデブリに対するルール作りも国際的に進んでいくでしょう。軌道上環境の保全という観点でこの「D-SAIL」が貢献できることを期待しています。

今回の実証に関しては、「D-SAIL」は打ち上げてすぐに膜を展開するのではなく、3号機の運用がある程度進んだ後で行うことになります。打上げ直後だけではなく、運用の過程も見守っていただけるとありがたいと思います。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

河村  宇宙産業は今後成長を続けていき、その過程で航空宇宙以外の分野で培われた技術も応用できる場になってくるだろうと予想しています。自分たちは宇宙とはあまり関わりがないと思わずに、自分たちの技術も宇宙分野で使えるかもしれないとお考えの方がおられましたら、宇宙で試す絶好の機会だと思いますので、革新的衛星技術実証プログラムの活用を検討されてみるといいのではないかと思っています。

倉田  使い終わった衛星を廃棄する場合、スラスタ等を使って突入させる能動的な方法と、「D-SAIL」のように自らのエネルギーを使わずに衛星を廃棄するという受動的な方法があります。「D-SAIL」は、衛星にデオービットのためだけのスラスタを搭載しなくてもいいという点でもメリットが大きいと思っております。実証では、そこに注目して欲しいと思っています。

今回の「D-SAIL」はサカセ・アドテック株式会社との共同開発ですが、お互いの得意分野を活かして良いコラボレーションができたのではないかと思っています。我々は今後も宇宙利用をどんどん拡大していく新たなデバイスを開発していこうと考えておりますので、もし弊社と共同で開発をしてもいいという方がいらっしゃいましたら、お声がけいただけるとありがたいです。

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