革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

水を推進剤とした超小型統合推進システムを軌道上実証する

株式会社Pale Blue

代表取締役 浅川 純

安全で取扱性が良い水を推進剤とした推進機を開発する株式会社Pale Blue。今回は水レジストジェットスラスタと水イオンスラスタという2種類の推進機を統合し、多種多様な推進機能を実現する「超小型統合推進システム KIR」の軌道上実証を行う。同社の浅川 純氏に話を伺った。

- ご自身の業務内容について教えてください。

2020年4月に株式会社Pale Blueを創業し、水を推進剤とした小型衛星用の推進機(エンジン)の研究開発や社会実装を行っています。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。


水を推進剤とする超小型統合推進システム KIR

今回は、水を推進剤とする超小型衛星用の統合推進システム(水推進機)の軌道上実証を行います。水推進機には、大きく水レジストジェットスラスタ(水蒸気式推進機)と水イオンスラスタ(水プラズマ式推進機)の2種類があります。水レジストジェットスラスタは、内部に溜めておいた液体状態の水を蒸発させて水蒸気にして噴き出すものです。一方の水イオンスラスタは水を水蒸気にするところまでは同じですが、さらにエネルギーを加えて水のプラズマをつくり、高速で噴き出すことで推進力を生成します。水レジストジェットスラスタは燃費があまりよくありませんが、瞬間的に大きな推進力を出したり、小回りを利かせたりすることができます。一方、水イオンスラスタは非常に燃費がよく、効率よくエンジンを動かすことができますが、大きな推進力を出したり小回りを利かせたりということは苦手です。今回実証を行う超小型統合推進システムは、この2種類の推進機を統合したハイブリッドタイプで、1つのモジュールでさまざまな推進機能を提供できます。

衛星の推進系というと推進剤に何を使うかが重要です。電気推進(イオンエンジン)に使われるキセノンガスは安全ですが高圧で貯蔵しなければなりません。化学推進に使われるヒドラジンという物質は有毒でその取扱いには注意が必要です。その点、水は常温常圧で液体状態で貯蔵が可能というメリットがあり、推進剤として使うことでシステムの小型化や軽量化、あるいは搭載する推進剤の量を増やすことが可能になります。また推進系には厳しい安全要求がありますが、水は飲めるほど安全な物質ですから、もちろん安全基準要求は満たしますし、水を推進剤として使用することは持続可能な宇宙開発に繋がると考えています。

今回の超小型統合推進システムに積んでいる水は100gほどですが、キューブサットであれば十分実用レベルです。

KIR コンセプト図

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。

Pale Blueは、小型衛星を製造する企業に水を推進剤とする推進機を販売する事業を行っています。我々の製品を企業に選んでいただく上で重要な要素の1つに宇宙での実証実績があります。我々は東京大学発ベンチャーとして、これまでにもいくつかの宇宙での実証実績がありますが、まだ事業化の上では十分ではありません。この革新的衛星技術実証プログラムを利用させていただいて、我々の水推進機を宇宙でしっかりと実証し、お客様に選んでもらえるような評価を得たいというのが応募動機です。

- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

我々が開発しているのは衛星に搭載するコンポーネントなので、相乗り機会に応募する場合、搭載する衛星を開発していただけるパートナーを探さなければなりませんが、革新的衛星技術実証プログラムは、衛星本体はJAXAが開発してくださるので我々はコンポーネント開発に集中できます。それに加えて国内を中心に進んでいくプロジェクトですから、コミュニケーションも取りやすく開発プロジェクトを進めやすいというメリットもあると考え、革新的衛星技術実証プログラムを選びました。


プルーム(高速排出されるプラズマ)

- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。

我々の推進機の最初のターゲットはキューブサットでした。水イオンスラスタは、水のタンクやプラズマを作る機構、電気系ユニット、コントロールユニットといったさまざまな機器から構成されているので、それらをキューブサットレベルの小さな体積に詰め込んで所定の性能を出すことに非常に苦労しました。

またPale Blueが創業した時期は、ちょうどコロナウイルス感染が拡大し始めた時期でした。当時は東京大学の施設の一部も借りて開発していたのですが、コロナ禍で大学に入れなくなり、開発装置一式を自宅に持って行って簡単なクリーンブースを作って組み立てるといったこともやっていました。

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

衛星の推進系は「衛星コンポーネントの中でも生き物のようなデバイス」と言われています。電気・通信だけでなく、熱、構造、伝熱工学、流体力学、プラズマ工学、真空工学などさまざまな学術要素が1つの部品に詰まっているのが推進系です。推進系を衛星に搭載する際の衛星側と推進系のインターフェース調整は、非常に苦労します。今回の開発では、JAXAには推進系に詳しい方もたくさんいらっしゃるので、調整に関する我々の負担はかなり軽減されたと考えています。


環境試験の様子

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

現在、小型衛星ビジネスを牽引しているのは、通信や地球観測のインフラサービスを提供する小型衛星コンステレーションだと考えています。今回の宇宙実証の実績を元に、超小型統合推進システムを本格的に市場で展開し、国内外の小型衛星を製造している企業やインテグレーションしている企業に積極的に販売していきたいと考えています。

今後、フォーメーションフライトによる重力波観測や科学ミッション、ビジネス利用、さらに近年盛り上がりを見せている月での産業活動など宇宙利用が拡大し、我々の水を推進剤とする推進機の活躍の場が広がることを期待しています。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

直近の目標として、我々は水を推進剤とする推進機を販売していくという事業モデルを展開していきます。

その先、2030~2050年になると、人類の宇宙開発の領域は地球だけではなく月や火星、小惑星、深宇宙まで広がっているだろうと考えています。そういった中で我々は推進機を販売していくだけではなく、水推進機を使った宇宙空間でのサービス事業を展開していきたいと考えております。例えばユーザの積載物を水推進機を使って運ぶ、あるいは宇宙空間で水を補給するなどといったことが考えられます。さらには月や火星、小惑星で取れた水を推進剤として補給して、宇宙空間に新たな輸送の拠点を作るなど、究極的には水をエネルギー源とした宇宙空間における新しい輸送のインフラ構築に貢献していきたいと思っています。

今、宇宙領域におけるビジネスは非常に盛り上がりを見せており、一部で「宇宙は最後に残された人類のフロンティア」ともいわれています。しかし私は、宇宙開発は地球以外のフィールドで産業活動を行う人類の最初の一歩であり、最後ではなく最初のフロンティアだと考えています。これからの宇宙産業に重要なのは、人の流動性です。人が動くことで、宇宙産業と他の産業の技術が交わって、宇宙産業全体の盛り上がりに繋がると思っていますので、これまで宇宙産業に関わりのなかった方にもぜひ興味を持って参画していただければと思います。

株式会社Pale Blueウェブサイト:https://pale-blue.co.jp/

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