革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

大学発衛星で理工学分野の人材育成と重力波天体のX線観測を行う

金沢大学

理工研究域先端宇宙理工学研究センター長 八木谷 聡 教授
理工研究域数物科学系 米徳 大輔 教授

大学衛星プロジェクトとして、学生を主体に小型衛星の開発を行っている金沢大学。衛星第1号の「X線突発天体監視速報衛星こよう」では、教育プログラムの構築とともに重力波を伴う突発天体の発見に挑む。同大学で衛星開発に取り組む八木谷聡教授、米徳大輔教授にお話を聞いた。

- ご自身の研究内容について教えてください。

八木谷 私は金沢大学理工研究域の電子情報通信学系に所属していますが、もともとは電磁波を計測するセンサを専門としています。これまでJAXA、NASA、ESA(欧州宇宙機関)の人工衛星に電磁波を観測するセンサを搭載し、地球の電離圏や磁気圏の調査をしてきました。

米徳  私は理工研究域数物科学系に所属しており、高エネルギーの宇宙物理学・天文学の研究をしています。私たちの研究室で開発した検出器を人工衛星に搭載し、宇宙で最大の爆発現象であるガンマ線バーストの観測・研究を行っています。2010年に打ち上げられた小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」にガンマ線バースト観測装置を搭載し、世界で初めてガンマ線の偏光(polarization)の測定に成功しました。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。


X線突発天体監視速報衛星 こよう KOYOH イメージ画像

八木谷 「X線突発天体監視速報衛星 こよう」の目的は大きく2つあります。1つは理学と工学が一体となった宇宙理工学分野の大学生・大学院生を人工衛星の開発を通じて育成することです。学生が主体となって人工衛星の開発・試験に携わることで、人工衛星の設計や開発の仕方を実際に体験しながら学んでいます。それによって今後突入していくであろう宇宙時代を担う人材を育成します。

米徳  もう1つは「こよう」で重力波を伴う突発天体を観測し、全世界に通報するという科学的な目的です。2015年に初めて重力波が検出され、2017年には重力波源からガンマ線バーストに似た現象が観測されました。これらの観測の前から私たちは「こよう」のミッションを計画しており、X線の突発天体を観測することで重力波天文学に貢献していきたいと考えていました。しかし私たちの想像よりも時代の流れは早く、すでに重力波の観測も行われましたし、一例だけですがX線突発天体の観測も実現しています。私たちはこれから「こよう」を使ってガンマ線バーストと重力波の同期観測を行うことで、より深い科学知見を得ていきたいと考えています。

この衛星の「こよう」という名前は、「夕日が海の向こう側に沈んでいくとき、海面上にできる一本の光の道筋」を表していて、漢字では「黄陽」と書きます。私たちが観測したい重力波源からの重力波が波として宇宙空間を伝わる様子と、海面を揺らがせる波の景色が類似していることから「こよう」と名づけました。


「黄陽」のイメージ

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。

八木谷 我々は最初、H-ⅡAロケットの相乗りを目指して衛星を設計していましたが、ちょうど良いタイミングで相乗りの募集がなかったところ、今回革新的衛星技術実証3号機の公募が行われていることを聞いて応募することを決めました。

米徳  2022年には重力波観測の世界的なタイアップとして「第4期国際共同観測」が開始される予定です。その世界的な観測スケジュールと革新的衛星技術実証3号機の打ち上げ時期がマッチしており、「こよう」の投入で世界的な科学成果に繋げられるのではないかと考え応募しました。

- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

八木谷 日本国内でJAXAが主導し推進しているプログラムですから、安心して衛星の打ち上げをお願いできるところが、いちばん大きな魅力だといえます。

米徳  革新的衛星技術実証プログラムは国内でスムーズに手続きが進められるということに加え、イプシロンは迅速な打ち上げに対応するというポリシーで開発されたロケットですから、私たちの「超小型衛星で迅速に科学観測を行い、成果を公表していく」という考えと非常に合致していたところが大きいです。


KOYOH バスコンポーネント(左)、ミッション機器(右)

- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。

八木谷 衛星を一から作るというのは初めてだったので大変でした。JAXAや製造メーカの協力を得ながら開発を進めてきました。

米徳  私たちは「こよう」というプロジェクトを立ち上げるよりも前から、将来的な科学観測を目的とした観測装置の基礎開発を行ってきました。特に半導体検出器の開発は問題なく進められたと思いますが、それを読み出す集積回路技術については短期間で学び、作り上げなければなりませんでした。有識者のご意見をいただきながら作り上げたこの集積回路は非常に高性能で、50kg級の超小型衛星とはいえ、1tクラスの人工衛星と肩を並べるくらいの科学観測ができるのではないかと期待しています。

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

八木谷 最初の頃からほぼオンラインで各種会議・打ち合わせを行っていただいており、非常に効率的に進んでいます。また細かな部分についてもいろいろ質問させていただいていますが、的確に答えていただき、非常に助かっています。

米徳  このコロナ禍においてJAXAの方々も大変な状況になっているのではないかと思いますが、そのような中でも適切にご対応いただけて感謝しております。要望としまして、この革新的衛星技術実証プログラムは、複数の大学や企業等が参加する1つのプログラムになっていますので、この中での情報交換の場を作っていただけるとさらに素晴らしいものになっていくのではないかと思います。


衛星フライトモデル組み上げ作業の様子

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

米徳  「こよう」で世界の中でもトップクラスの科学的成果を創出したいと考えています。一方で、「こよう」は小型であるがゆえにできることには限りがありますので、今回の科学的な知見や技術を応用して、より大きな人工衛星における世界のフロントランナーとなるような科学ミッションに繋げていければと考えています。

また革新的衛星技術実証プログラムには「産業競争力のあるシステムの創出」という目標が掲げられていますが、私たちの観測装置は、これまで宇宙機搭載機器の開発を行ったことのないメーカと基礎開発の段階から進めており、私たちも「こよう」プロジェクトを通じて本格的な宇宙機搭載装置の開発の流れや考え方を学んでいます。これらのことで北陸の地に新たな宇宙産業の芽を育てることに貢献できているのではないかと思います。

八木谷 人材育成という観点から申しますと、「こよう」を作るという体験を通して学生たちに実地教育を行ってきたわけですが、打ち上がった後はそれを運用するという教育ができると考えています。もちろん1号機だけで終わらせるのではなく、2号機以降のプロジェクトも検討しているところで、人工衛星を題材とした宇宙理工学の教育を継続的に行っていきたいと思っています。金沢大学では人工衛星開発を通じた宇宙教育を実施し、最先端の科学成果を出せる環境を整えているということを伝えたいと思います。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

八木谷 今回我々は一から50kg級の人工衛星を作ることを始めたわけですが、その際にいろいろな人とのネットワークによって、願っていたことを叶えることができました。このホームページを見ている方も自分の夢を実現するには、いろいろな方にご協力いただきながら1つの大きなプロジェクトを作り上げていけば実現できるということを感じていただきたいと思います。

米徳  50kg級の超小型衛星で何ができるのかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちが目指すのは世界的に見ても第一線の科学成果を出せるミッションであり、それを可能とするミッション機器を開発・搭載しています。大学で作り上げる人工衛星でもここまでのことができるのかということを実証して、皆さんをあっと驚かせたいなと思います。

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