革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

多機能な宇宙展開構造物で大電力発電・大容量通信・高分解能観測を実証する

サカセ・アドテック株式会社

専務取締役 酒井 良次
研究開発室室長 渡邊 秋人

太陽電池・アンテナを装備した軽量・高剛性の膜を折り畳んで収納し、宇宙で展開して大電力発電、大容量通信、高分解能干渉計の実証を行う軽量膜展開構造物「HELIOS」。三軸織物の技術を活かした炭素繊維製アンテナ材料を開発するサカセ・アドテックの酒井良次氏、渡邊秋人氏にお話を伺った。

- ご自身の業務内容について教えてください。

酒井  私は炭素繊維強化プラスチック(CFRP)をはじめとする先端複合材料を取り扱っているACM事業部部長も兼務していて、事業に対する責任者としてビジネスの開拓や新しいビジネスを創造するといったことに取り組んでいます。私どもの会社の特徴は「連携型の研究開発」を行う点で、さまざまな大学や関連機関と連携して宇宙ビジネスを展開しています。

渡邊  私は入社以来CFRPなどの複合材料の研究開発に携わってきました。特に縦、横、斜めの三方向で構成された超軽量高剛性の薄膜・三軸織CFRPは宇宙分野に関わりの深い先端材料であり、研究を進める中で宇宙展開構造物やアンテナの開発を手がけるようになりました。現在は「CFRP」「宇宙展開構造物」「アンテナ」をキーワードとした衛星や探査機等の搭載機器の開発を行っています。長年真摯に取り組んできた研究成果によりこの分野においては他にない開発力を有していると自負しています。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。

酒井  今回は、薄膜の太陽電池・アンテナを搭載した軽量膜展開構造物を折り畳んだ状態で打ち上げ、宇宙空間で4本の円筒形CFRPブームとモータを用いて展開します。

主なミッションは3つあり、1つ目は太陽電池膜(1m2)で200W/kgという世界最大の出力/質量比を持つ展開型太陽電池パドルを実現する技術を実証することです。これは弊社がJAXA宇宙科学研究所(ISAS)ソーラー電力セイルの研究チームと共同研究したもので、小型衛星の大電力化と高収納化を実現し、事業化することで宇宙産業の発展に貢献したいと思っています。

2つ目は5Gアンテナによるビームフォーミング技術(電波を特定の方向に向けて集中的に送信する技術)の宇宙実証、3つ目は薄膜アンテナ素子による干渉計実証です。5Gアンテナは東京工業大学、薄膜アンテナ素子はISASが開発を担当しています。

渡邊  軽量膜展開構造物である「HELIOS」は、薄膜太陽電池による大電力機能、5Gアンテナによる大容量通信機能、干渉計による高分解能観測機能を利用することができます。軌道上実証の成果が、これまでにない高機能・高性能を持つ衛星の創出に繋がり、日本における今後の宇宙開発の加速に繋がればと思います。またその過程で得られた新たな発見や開発力は弊社の将来に明るい未来をもたらすものと信じています。


発電・アンテナ機能を有する軽量膜展開構造物 HELIOS

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。

酒井  もともと弊社は、宇宙展開構造物にISASが持つソーラー電力セイル技術を融合させた薄膜構造の太陽電池パドルの開発をしていました。その時に革新的衛星技術実証3号機という宇宙実証の機会があるということを聞き、さっそく応募した次第です。

渡邊  今後の実用化に向けて宇宙実証によって信頼性と実用性を確認し実績を積んでおく必要がありました。展開する構造物が大きくなるほど空気抵抗や重力の影響を受け地上展開実験が難しくなります。宇宙実証の機会を得ることにより実際の宇宙環境における展開挙動を正しく検証し理解を深めておくことが大事だと考えています。

- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

酒井  薄膜構造の太陽電池パドルの研究の進展と革新的衛星技術実証3号機の公募が非常にタイミングよく合ったというのが理由の1つです。

渡邊  他の実証の機会では新規の宇宙展開構造物は信頼性や安全性などの面で問題視される傾向が強く、挑戦的な宇宙実証を諦めざるを得ないという経緯がありました。この革新的衛星技術実証プログラムは実証を目的にしたプログラムで挑戦的な実証も応募でき、衛星に搭載して短期間で実証できることが他の実証機会に比べ魅力的な点だと思いました。

  • 薄膜の太陽電池・アンテナを搭載した軽量膜展開構造物を
    折り畳んだ状態

  • 展開した状態

- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。

渡邊  宇宙展開物の伸展機構には大きく分けて2つの方法があります。1つは部材の復元力による「自己伸展方式」、もう1つは「電動伸展方式」です。自己伸展方式は機構が単純化できる反面、地上展開実験が難しく、特に展開しようとする膜が大きく重くなると空気抵抗や重力の影響を受けやすくなり、勢いをつけないと全展開に至らないケースが出てきます。「HELIOS」では、地上での展開実験をできるだけ円滑に行えるように電動伸展方式を採用していますが、それでも膜に取り付けられたデバイスの質量が大きかったりバランスが悪かったりすると全展開に至らない場面がありました。またCFRP製ブームは金属製ブームに比べ軽く寸法安定性に優れる反面、巻き取り収納癖が生じることが難点でした。収納癖は時間経過とともに解消されるのですが、地上展開実験においては重力の影響もあり、やはり全展開に至らないケースが発生しました。空気抵抗や重力の影響のない宇宙空間では全展開するはずですが、地上における展開実験ではうまくいかなかったのが大変苦労した点です。最終的には重力補償の方法を工夫したりブームの巻取り収納機構を工夫したりして何とかこの問題を克服することができました。


開発作業の様子

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

渡邊  「HELIOS」はISASのソーラー電力セイルチームとの共同研究の一環で開発したコンポーネントです。大電力機能の薄膜太陽電池シート、高分解能観測用の干渉計、運用や開発の取りまとめは、多くのISAS関係者に担っていただきました。また革新的衛星技術実証グループの関係者には本プログラムへの応募から搭載コンポーネントの開発、引き渡しまでその都度、丁寧なご指導とご支援をいただいています。このような体制により短期間での開発を円滑に無事終了することができ感謝している次第です。今後も革新的衛星技術実証プログラムの継続とともに、引き続き宇宙展開構造物に関する研究開発の加速や実用化に向けて共同開発や支援をお願いできればと思います。


電波暗室での健全性確認試験の様子

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

渡邊  「HELIOS」の超軽量薄膜の宇宙展開構造物の信頼性や優位性を実証し、実用的なコンポーネントの更なる開発に挑戦し続けていきたいと考えています。

酒井  我々は今回の技術をさらにブラッシュアップし、世界最高出力/質量比である200W/kg級の太陽電池膜を事業化することを目標としています。その市場としては2つ考えています。1つは大電力が要求される月周回や月面探査などの深宇宙探査計画。もう1つは民間企業の参入が進んでいる小型衛星のコンステレーションプログラムです。小型衛星はまだまだ電力不足で、本来持っている機能が発揮できていないのではないかと考えています。今回の200W/kg級の太陽電池膜の場合、3m×3mの膜を展開すればおよそ1.8kWの電力が得られるので、飛躍的に観測時間を長くすることができます。こうした超小型衛星の高性能化によってニュースペース企業の事業の発展に貢献できればと考えています。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

渡邊  今回革新的衛星技術実証プログラムによりJAXA関係者の皆様の多大なるご支援を賜りスケジュールの遅延なく短期間で搭載コンポーネントを開発し、実証に挑むことができます。従来、信頼性や安全性の制約などから宇宙実証が困難だった宇宙展開構造物ですが、宇宙における展開挙動を把握することによりさらなる挑戦的な宇宙展開構造物の開発に繋げていきたいと考えています。弊社は宇宙分野の開発を通じて技術力を磨き続けていますが、宇宙開発ではその過程でありとあらゆる困難が立ちふさがります。宇宙開発に挑むことには、何らかのブレークスルーは必須です。

技術力をお持ちの方にとって、革新衛星技術実証プログラムを通じた宇宙への挑戦は必ずや新たなる発見や発明に繋がることと思います。

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