当機構のウェブサイトではサイトの利便性の向上を目的にクッキーを使用します。
サイトを閲覧いただく際には、クッキーの使用に同意いただく必要があります。
詳細はプライバシーポリシーをご参照ください。

先導する研究 Society5.0に向けたシームレスで自律的な宇宙通信システムの研究能動型熱制御技術の研究(二相流体ポンプループ)

研究開発の目的・背景

近年、通信衛星のデジタル化等に伴いシステムレベルで処理すべき熱量が増大するとともに非放熱面に高発熱機器を搭載する必要が生じています。また、機器単体および機器内部に搭載されるデバイスの発熱量・発熱密度が大きくなっており、これらの要求の高度化に対してヒートパイプなど既存熱制御技術のみで対応することが困難になっています。これらの高度化する熱制御要求に対応する技術として大容量・長距離熱輸送が可能な二相流体ポンプループの実現が急務となっています。

二相流体ポンプループとその他熱制御方式の比較

  受動型熱制御素子 能動型熱輸送素子
ヒートパイプ 振動流型ヒートパイプ ループヒートパイプ 単相流体ポンプループ 二相流体ポンプループ
特徴 熱輸送距離・熱輸送量・発熱密度に制約はあるが,軽量かつ無電力で高効率熱輸送が可能な優れた熱制御素子。地上での動作時は重力の影響を受けるためレイアウト上の制約あり。 熱輸送距離・熱輸送量・発熱密度には制約はあるが,軽量かつ無電力で高効率熱輸送が可能な優れた熱制御素子。平板形状にして熱制御対象機器との熱I/Fを取りやすいことが特徴。ヒートパイプが熱輸送デバイスとして採用されることが多い一方,振動流型ヒートパイプは熱拡散デバイスとしての使用も期待される。 能動型熱制御素子に比べると熱輸送量・熱輸送距離は劣るが,受動型熱制御素子の中では熱輸送量・熱輸送距離が大きい。熱輸送特性が重力の影響を受けにくく,排熱経路を自由自在に設定可能。また配管に可とう性を持たせることで展開ラジエータへの適用も可能。 受動型熱制御素子に比べると熱輸送量・熱輸送距離・発熱密度は大きいが,多くの質量や電力が必要。熱輸送に作動流体の顕熱を利用するため,蒸発潜熱を使用する二相流体ポンプループに比べて,必要となる流体の量が多く,それに伴い構成機器(ポンプ,アキュムレータなど)のサイズ・質量が大きくなる。 単相流体ループと同様に,受動型熱制御素子に比べると熱輸送量・熱輸送距離・発熱密度は大きいが,多くの質量や電力が必要。単相流体ループに比べるとシステムサイズ・質量は小さくできる。また,単相流体ループよりも徐熱可能な発熱密度が高いことが特徴。
熱輸送量
熱輸送距離
発熱密度
質量
電力
備考   (*1) (*2)    

(*1) 平板型ヒートパイプの最適設計手法に関する研究
(*2) LHPラジエータ軌道上実証実験

二相流体ポンプループの実用化にあたって障壁となっていると考えている下記課題について、静止通信衛星等に適用するにあたっての技術課題の解決と技術成熟度の向上を行うことを目的として本研究を実施しています。

  1. 微小重力環境下で二相流体ポンプループを安全・安心に使用するための技術の獲得
  2. 設計および挙動予測に使用可能なシミュレーション技術の獲得

なお、技術試験衛星9号機(ETS-9)には二相流体ポンプループが搭載される予定になっていますが、海外技術を利用したものであり、「宇宙技術戦略」においてキー技術とされている二相流体ポンプループ本技術の国産化を目的として研究開発を進めています。

二相流体ポンプループの概要

二相流体ポンプループの構成・動作原理

二相流体ポンプループは機械式ポンプを用いて作動流体を循環させることにより熱輸送を行うものです。熱の輸送は作動流体の顕熱を利用して行う単相流体ループと異なり、作動流体の蒸発潜熱を利用して熱輸送を行います。ループは下の図に示す通り、作動流体の循環を行う機械式ポンプ、配管、機器等の発熱を作動流体に渡す受熱部、熱を外部と交換することにより作動流体の冷却を行う熱交換器などから構成されます。

二相流体ポンプループの構成

二相流体ポンプループの特徴および宇宙機に適用した場合のメリット

二相流体ポンプループは熱輸送に蒸発潜熱を利用するため、蒸発潜熱に比べて小さい顕熱を利用する単相流体ループに比べて作動流体の量を大幅に低減でき、それに伴い、配管やアキュムレータもコンパクトにできます。また、相変化を使用するためラジエータのフィン効率を高くすることができるので必要なラジエータ面積を小さくでき、結果的にコンパクトな排熱システムを実現できることが利点です。二相流体ポンプループの主な特徴および宇宙機に適用した際のメリットを以下に示します。

◆熱設計の自由度向上

ヒートパイプなど既存の熱制御デバイスは、その動作特性が重力の影響を大きく受けるため、宇宙機に搭載するにあたり以下に示すような制約がありました。

  • 地上試験コンフィギュレーション上の制約
    トップヒートと呼ばれる蒸発部が凝縮部よりも重力方向上部に位置する姿勢では動作できません。よって、宇宙機に適用するにあたっては、打上げ前に重力環境下で実施する設計検証試験において、ヒートパイプが確実に動作するようなコンフィギュレーションに配置する必要があり、 宇宙機の熱設計を行う上でレイアウト制約がありました。
  • 高発熱機器の配置の制約
    従来の宇宙用ヒートパイプは凝縮部で凝縮した液を蒸発部に還流させる毛細管力を発生させるために内壁に全長にわたって軸方向に溝が設けられた金属コンテナ(容器)で構成されているため、製造上の制約により複雑な経路を形成することは困難です。 また、3次元的な経路を形成した場合、重力場において凝縮液が蒸発部に還流する際に重力に抗って移動する場所があると動作を継続できません。これにより、高発熱機器は放熱面以外には搭載できないという制約がありました。
    しかし、機械式ポンプにより大きな循環力を得ることができる二相流体ポンプループは重力方向によらず大容量かつ長距離熱輸送が可能なため、これまで放熱面にしか搭載できなかった高発熱機器を放熱面から離れた場所(非放熱面)への搭載が可能となります。

研究の概要

二相流体ポンプループは優れた機能・性能を有している一方で、熱負荷やラジエータの熱環境が変動した場合に、受熱部に流入する作動流体の流量や条件(サブクール度など)を適切に管理・制御しないと、受熱部において作動流体が乾き上がる現象(ドライアウト)が発生して系の温度・圧力が急上昇するなどのリスクがあります。このリスクを微小重力環境下でも問題なく管理・制御することにまだ課題があり、二相流体ポンプループを熱制御に実利用した例はまだほとんどありません。しかし、二相流体ポンプループの有用性に疑いはなく、米国、ヨーロッパ、日本のいずれの宇宙機関においても今後10年以内に実現が必要な技術の第一候補として捉えて研究開発が行われており、今後、急速に技術成熟度が向上し、近い将来、多くの宇宙機で使用されることが予想されます。JAXA研究開発部門では二相流体ポンプループの早期実用化を目指して実験と解析の両面から研究開発に取り組んでいます。

二相流体ポンプループ実験装置

参考論文

  1. 岡本篤, ”JAXA研究開発部門における熱制御技術研究の現状と今後の展望”, 第59回日本伝熱シンポジウム, H212, 2022.
  2. 岡崎峻,宮北健,岡本篤,杉田寛之(JAXA),岡本健宏(筑波大学大学院),”二相流体ポンプループにおける並列分岐した加熱部の圧力損失が支流の流量に与える影響”,混相流シンポジウム2022,E151, 2022.