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先導する研究 Society5.0に向けたシームレスで自律的な宇宙通信システムの研究光衛星通信技術の研究

2022年11月に打ち上げられた光データ中継衛星(JDRS:Japanese Data Relay Satellite)に搭載された光衛星間通信システム(LUCAS:Laser Utilizing Communication System、1500nm帯、フォワードリンク50Mbps、リターンリンク1.8Gbps)において得られた光通信の開発結果をもとに次世代の光衛星通信技術に向けた研究を進めています。近地球衛星光通信のさらなる高速化(100Gbps超)、さらには、NASAを中心に国際協力ミッションとして進行中のARTEMIS計画に向けた月・惑星探査で必要とされる超長距離(40万km超、1Gbps)光通信の実現に向けて研究を進めています。さらに、本技術を将来の商用通信衛星に適用し従来の電波通信技術と融合することにより、より高速でフレキシブルな宇宙通信ネットワークの実現が可能となります。我々はこれらのミッションの実現を目指し各種要素技術研究を進めています。

研究の意義価値

宇宙インフラとしてのデータ伝送技術を高速化し、小型軽量化することで、観測衛星等の低軌道衛星の意義価値を向上させるとともに、商用衛星での超高速光通信を実現し、衛星通信にかかる産業競争力を強化します。また、今後国際協力ミッションとして計画されている月惑星探査においては、月面の高精細の画像や8K動画、科学観測データ等を得ることで、これまで知らなかった宇宙の姿を知ることにつながります。これらを実現するために、システム研究、搭載光通信装置の研究、光地上局の研究等が必要になります。

宇宙での光通信の特徴

電波通信と比較した光通信の特徴

現在、衛星と地上、衛星と衛星との間の通信は主に電波で行っていますが、電波通信では使用可能な帯域が限られる(2GHz帯では数MHz程度、20GHz帯では数百MHz~数GHz程度)ため、割り当て帯域を超える高速化が難しくなります。一方、光は電波と比べて桁違いに広い帯域(波長1.5 μm帯で4THz)を使用可能なため、電波より多くの情報を送ることが出来ます。
また、電波の周波数利用においては事前に免許申請、他機関との調整の時間を要し干渉を避けるため、使用にあたって様々な制約が付きますが、光通信は周波数調整が不要で、且つ電波通信と比較してビームが細いため外部からの干渉を受けにくく、秘匿性も高いという特徴があります。さらに、データ量の増大に対して使用可能な帯域が限られる(20 GHz帯で数GHz)ため、通信速度の高速化が難しくなります。将来の宇宙での高速大容量通信の実現には、光の活用が不可欠です。

研究の課題と目標

光衛星間通信システム(LUCAS)では、1.8 Gbpsの光通信が実現されますが、地球観測衛星の取得データ量が年々増大していくことを踏まえると、さらなる高速化が必要です。また、LUCASのユーザは大型の地球観測衛星ですが、将来はより小型の衛星でも光データ中継サービスを利用できるよう、光衛星通信装置の小型軽量化の要求があります。光衛星通信装置の概略構成ブロック図と、構成要素ごとの課題を、下図に示します。

光衛星通信装置の概略構成ブロック図と、構成要素ごとの課題

また、将来の月・惑星等の宇宙探査分野においても、従来の近地球通信と比較して遠距離の通信、且つ電波通信と比べて高速なデータ伝送を実現させるために光通信の採用が必要です。遠距離通信を実現させるためには高出力の光増幅、遠距離捕捉追尾技術、デジタルコヒーレント等の高感度送受信技術が必要になります。また、宇宙機から地上への光直接通信では、地上の大型光学望遠鏡を備えた光地上局で宇宙機からの光を受信しますが、雲や大気の影響を回避するために、地理的に遠く離れた複数の場所の光地上局を選択して使用する等の工夫(サイトダイバシティ技術)が必要です。また、光地上局から宇宙機などへレーザ送信を行う際の、航空機等への安全確保として、レーザを航空機などに当てない仕組みを光地上局に実装する必要があります。

上記に示した課題を踏まえ、本研究では、次の目標を設定し研究を進めています。

  • ユーザ伝送レートの100 Gbps級の高速化を目指す。そのために必要な送信出力の増大に不可欠な高効率・高出力光増幅器、放射線耐性を有するファイバ、受信性能の改善に必要な高感度受信技術を実現する。
  • 月惑星探査に向けた遠距離大容量光通信技術(40万km、1Gbps超)の確立を目指し要素技術(デジタルコヒーレント技術、バーストコヒーレント技術)の研究を進める。
  • 地上局の運用技術として雲回避型ネットワーク制御システムの研究を進める。また、光通信送信時の航空保安に関する技術開発を進める。

下図に、これらを達成した暁に実現される、高速宇宙通信ネットワークの将来像を示します。従来の電波通信に加え光通信要素、ネットワーク要素を追加することでより高速、フレキシブルな衛星通信ネットワークが構築できます。

高速宇宙通信ネットワークの将来像

研究項目(内容)

① 月向け光通信システムの検討

月周回軌道衛星と地球静止軌道(GEO)衛星の距離は38万km以上離れており、この距離を大容量(Gbps級)で伝送する場合は光通信が大きな役割を果たします。一方で、距離が遠くなることでより多くの送信電力が必要となり、光通信を確立するために必要なより高精度な捕捉追尾技術が求められます。JAXAでは将来的な月光通信の実現に向けて光回線のサブシステム検討やシステム構築に必要な各種要素技術(遠距離捕捉技術、大口径アンテナ技術、高感度受信技術、補償光学技術等)を外部研究期間と協力しながら検討しています。また、国際協力ミッションであるため、海外宇宙機間とのインターオペラビリティ(相互運用性)も求められるため、CCSDS (Consultative Committee for Space Data Systemm)会合やその他の規格化の会合に出席し、通信規格の策定のための議論にも参画しています。(参考:発表論文1

② 高出力光増幅器の研究

宇宙光通信においては、数千~数十万kmも離れた通信相手に光を届けないといけませんが、長距離を伝搬するうちに弱まった光信号を途中で増幅することができません。そのため、地上のファイバ通信とは比べ物にならないほど大きな光パワーで送信機から送り出す必要があります。この送信光パワーが大きいほど、高速な通信が可能になります。
JAXAでは、宇宙光通信の高速化に不可欠な1550 nm帯(光通信波長帯)の高出力光増幅器を光学機器メーカーと共同で研究開発しています。過酷な宇宙環境でも動作し、宇宙機器に求められる高い信頼性を維持しながら、宇宙用1550 nm帯増幅器では世界最高クラスの10 W超の光出力を達成しました。こちらの光増幅器を用いた、国際宇宙ステーションでの通信実証実験が2025年以降に予定されています(参考:発表論文2

10 W級高出力光増幅器(エンジニアリングモデル)

③ 耐放射線性エルビウム添加ファイバーの研究

宇宙機器は強い宇宙放射線に曝されるため、耐放射線性を地上品よりも大幅に高める必要があります。宇宙光通信に用いる光増幅器はエルビウム添加ファイバー(Er Doped Fiber : EDF)を使用しています。EDFは放射線に弱いため、EDFに耐放射線性を付与する試作研究を大学及び光ファイバーメーカーと実施しています。 JAXAは試作EDFの評価をインハウスで実施しております(写真、図)。 研究の結果、特定の組成であれば、一般的な工程でEDFを製造し、かつ、良好な耐放射線性と高出力・高効率性を実現できることを突き止めました。(参考:発表論文3,4

耐放射線EDF研究 社内実験設備

④ 低雑音位相感応増幅器の宇宙適用化研究

宇宙光通信においては、数千~数十万kmも離れた通信相手に光を送るため、受信側では光のパワーが大幅に弱まってしまいます。受信した光信号をデータとして受け取るには電気信号への変換が必要ですが、弱い光パワーのまま電気信号に変換すると元のデータがノイズに埋もれてしまいます。そのため、この受信光をなるべく低ノイズで増幅する技術が不可欠です。
JAXAでは、光を低ノイズで増幅可能な位相感応増幅と呼ばれる技術に着目し、NTT先端集積デバイス研究所殿と共同で位相感応増幅器の宇宙適用化研究に取り組んでいます。位相感応増幅器 (PSA: Phase-sensitive amplifier) は、周期反転分極ニオブ酸リチウム (PPLN: Periodically-poled Lithium Niobate) という非線形光学結晶を用いたパラメトリック過程を利用して、原理的にノイズレスの光増幅を実現します。これまでに、宇宙空間を模擬した環境でのPSAの受信感度改善効果の検証、キーパーツであるPPLNモジュールの放射線耐性検証などに取り組んでおり、PSAの宇宙適用化に向けて着実に研究を進めています。(参考:発表論文5,6

左:PSAの動作イメージ図。右:PPLNモジュールの放射線耐性検証の様子。

⑤ バーストコヒーレント送受信技術の研究

現在、地上光ファイバ網による光通信では、光の位相に情報を載せデジタル信号処理技術と組み合わせるデジタルコヒーレント通信が、長距離大容量通信に適した方式として採用が進んでいます。宇宙光通信においても、さらなる高速化の要求に応えるため、デジタルコヒーレント通信を適用した宇宙光通信実証プログラムが国内外で立ち上がり、研究開発が進んでいます。
JAXAでは、デジタルコヒーレント通信技術および、これを遠距離通信向けにバースト化(短パルス化)したバーストコヒーレント通信技術の研究を、電機メーカーと共同で実施しています。バースト化により、月や深宇宙といった超遠距離において回線を成立させるのに必要な光パワーを確保することが可能になります。これまでに、バーストコヒーレント送受信機の試作機を開発し、バースト化による感度改善を確認しました。
さらに、これらの研究により得られた知見を基に、宇宙データシステム諮問委員会 (CCSDS: Consultative Committee for Space Data System) における国際宇宙光通信規格の策定活動にも各国の宇宙機関と連携して取り組んでいます。(参考:発表論文7

バーストコヒーレント通信の概念図

⑥ 光地上局運用技術

光地上局運用技術の研究として、ⅰ雲回避型NW制御技術、及びⅱ航空保安技術、捕捉追尾と大気補償技術の研究を行っています。

ⅰ雲回避型NW制御技術

光通信は雲があると成立しないため地球上に分散配置された複数の光地上局の中から、影響が最も小さい光地上局を選択することにより光直接通信を成立させる技術の研究を行っています。光地上局の選択は低層~高層雲の観測をもとに地上ネットワークを制御することによって行います。大学と共同で、雲観測・判別技術の確立、各光地上局における雲観測・判別結果を収集し最適な光地上局選定をする地上ネットワーク制御技術の確立に向けた研究を行っています。(参考:発表論文8,9

ⅱ航空保安技術

安定した光直接通信の実現のためには、光地上局から宇宙機へのアップリンクレーザー送信時には航空機等に対する保安技術が必要となります。これらを技術確立し安全かつ安定した光直接通信を実現するため、研究用光地上局(写真)と航空保安用レーダー(可搬、JAXA大樹航空宇宙実験場に設置、写真右奥)を活用した研究を進めています。(参考:発表論文10

JAXA入笠山光学観測所
  60cm光地上局(固定)
JAXA大樹航空宇宙実験場30cm光地上局(可搬・写真手前)と
航空安全用レーダー

発表論文等

  1. Araki T, “A Study of the Future Optical Data Relay System; Requirements, Problems and Solution” 2017 IEEE International Conference on Space Optical Systems and Applications (ICSOS), PP119-202
  2. H. Kobayashi, et al., “Development of a continuous wave single transverse mode polarization maintaining 10 W Er/Yb codoped fiber amplifier for space communications”, Proc. SPIE 12413, Free-Space Laser Communications XXXV, 124130G (2023).
  3. Kobayashi Y. et al., “Effect of P-to-Rare Earth Atomic Ratio on Energy Transfer in Er-Yb-Doped Optical Fiber”, IEEE Journal of Lightwave Technologies, Volume:38, Issue:16, PP4504-4512, 2020.
  4. Araki T., et al., “Experimental results of high power double-pass, double clad EYDFA”, Proc. of ICSO 2018, 7d-2, 2018.
  5. 橋本洋輔 他、「【招待講演】位相感応増幅を用いた低雑音光増幅器とその宇宙光通信応用」、電子情報通信学会2022年ソサイエティ大会、BCS-1-7 (2022).
  6. Y. Hashimoto, et al., “Radiation Tolerance of Zn-Doped Periodically Poled Lithium Niobate Waveguide Modules toward Space Applications”, 28th MICROOPTICS CONFERENCE (2023).
  7. 松田恵介 他、「デジタルコヒーレント光通信技術の宇宙適用に向けて」、レーザー研究52.10号 (2024).
  8. Mukai T., et al., “Development overview of optical ground systems for network switching controls to avoid cloud blockage in Space optical direct communications”, Proc. of 37th international Communications Satellite Systems Conference,29-31 Oct.2019, Okinawa, Japan.
  9. Ueda, Y et. al., “Studies on site diversity to mitigate cloud blockage in satellite- ground optical communications by long term ground meteorological observation data”, Proc. 37th AIAA International Communications Satellite Systems Conference,29-31 Oct.2019, Okinawa, Japan.
  10. 向井達也、他、”宇宙‐地上間光直接通信に必要な光地上局の運用手法” 第64回宇宙科学連合講演会, 2C12, 2020.