JAXA研究開発部門

Interview

日本の宇宙産業の
発展に繋げていく環境を。

香河 英史

JAXA研究開発部門
革新的衛星技術実証グループ長

いよいよ2018年度、イプシロンロケット4号機により、革新的衛星技術実証プログラムの1号機が打ち上げられる。このプログラムはどんな人が利用できるのか、利用することでどんな成果が得られるのか。 香河英史氏(JAXA研究開発部門・革新的衛星技術実証グループ長)に話を聞いた。

- このプログラムの狙いを教えてください。

これまでの宇宙利用は、JAXAを含めた国の機関が主導して進めてきました。しかし、技術の発展に伴い、国内外で「宇宙ベンチャー」と呼ばれる企業が新たに宇宙利用に参入し始めています。 宇宙産業のすそ野が広がることは大変よろこばしいことですが、一方で、宇宙利用への参入ハードルは依然として高いという声も多々あります。

宇宙空間は真空で、放射線が強い、地上とは全く異なる環境です。人工衛星で使う部品やコンポーネント(機器)は、この過酷な環境でも壊れずに機能する必要があります。

新しい部品やコンポーネントを搭載する場合、誰もリスクは取りたくないので、軌道上で実証されているものを使いたい。しかし誰かが最初に使わなければ実証されない。まさに「鶏が先か、それとも卵が先か」のような関係です。

そんな鶏と卵のサイクルを回す最初の一歩として、実証機会を提供しようというのがこのプログラムの目的です。日本には優れた技術とアイディアがあり、それを実際に宇宙で実証することで、日本の宇宙産業の発展に繋がります。

また、実証の機会を定期的に提供することで、このプログラム自体が「ブランド」のようなものに育って欲しいと考えています。

- 今までも実証の機会として、H-IIAロケットへの衛星相乗りや、国際宇宙ステーションからの衛星放出を行ってきました。それとの違いはなんでしょうか。

違いは主に4つあります。
まず1つめ、最も大きな違いは、衛星単位ではなく、「コンボ―ネントや部品レベルの実証」を受け付けていることですね。 たとえば1号機では、NECが開発したFPGA(再構成可能な集積回路)を搭載していますが、極端に言えばネジ1本でも応募できます。このような実証機会は日本にはほかにありません。

2つめは、搭載できる「ミッションの条件」です。本プログラムでは、「これまで世界で行われていない新たな宇宙利用ビジネス構想により、国内外の市場を新たに創造する、 または、それにより国内の宇宙産業の活性化につながる可能性のある技術・コンセプトの実証」も対象としています。

宇宙をつかってわれわれの想像を超えるような新たなサービスのアイディアなどをご提案いただき、キャッチコピーのとおり、「宇宙をつかう」ことで「未来をつくる」きっかけとして頂きたいですね。

また、技術的な面もあります。今回、1号機には、高圧ガスを利用した超小型衛星も搭載されていますが、これはこのプログラムならではだと思います。従来の相乗りだと、主衛星への悪影響が心配なので、ちょっと考えにくいですね。 もちろん、他の採択テーマへのリスクにはなるのですが、そこはお互い様。みんなでリスクは共有しましょう、という考えです。

そして3つめは、搭載できる「衛星の大きさ」です。
搭載できる衛星が、より大きくなっています。H-IIAロケットへの相乗りでは、大きさが50cm角、重量が50㎏までですが、1号機には、60×60×80cm、60kgの衛星も搭載を予定しています。 ユーザ側へのヒアリングで、50cmでは小さいという声があったので拡大しましたが、柔軟に対応できるので、さらに大きくても採択される可能性はあります。

最後に4つめは、衛星のミッションに大きな影響を与える「軌道」です。
相乗りだと、主衛星の軌道に準じるので、好きなように軌道を決めることはできませんので、ミッションの内容や実施期間に制約が出ることがあります。

このプログラムではいわば「みんなが主衛星」ですので、軌道をユーザの希望によって決めています。1号機では、地球を観測する超小型衛星が2機あったので、観測に都合が良い高度500kmの太陽同期軌道に打ち上げることになりました。

- コンポーネントや部品を搭載する場合、ユーザはどこまで用意すればいいのでしょうか。

部品だけ提供してもらえればOKです。

部品やコンポーネントはそれだけでは宇宙で動作できませんから、JAXA側で衛星搭載に必要な電気や遠隔操作の手段を用意して、宇宙空間で実証を行います。 今回開発した小型実証衛星1号機には、7つの採択テーマ(部品1、コンポーネント6)が搭載されています。

たとえば1号機で部品の実証を行うFPGAの場合、JAXAで試験用にHDカメラを作り、その中にFPGAを組み込むことにしました。このカメラからの映像が正常に取得できれば、機能の実証になるというわけです。 このカメラは、他のコンポーネントの動作確認にも利用する予定でいます。

また、動作環境のデータを提供できるよう、放射線センサも搭載するなど、それぞれのミッション内容に合わせてどのような実証機会にしたら、 今後につながる成果が得られるのか、ユーザとの議論を重ねながら、小型実証衛星1号機の設計に反映してきました。

また、今回の革新的衛星技術実証1号機では、小型実証衛星1号機のほか、超小型衛星とキューブサットを3機ずつ搭載する予定です。 これらをまとめて、「革新的衛星技術実証1号機」と呼んでいますが、ちょっとややこしいので、わかりやすい名前がないか考えているところです(笑)。

- どのようなテーマが求められているのでしょうか。

宇宙では信頼性が重視されますが、それが行き過ぎてしまうと、新しい技術がなかなか採用されません。このプログラムでは、「革新的」という名前のとおり、社会を変える、イノベーションを創出するようなアイディア・技術に期待しています。 そのため、従来よりもチャレンジングでハイリスクな提案も受け入れやすくなっています。


軌道上でのIKAROSの膜面画像

- 深宇宙をテーマとした応募も可能なのでしょうか。

はい。1号機は太陽同期軌道への打上げですが、今後、テーマ次第では太陽同期以外の軌道、深宇宙への打上げもあり得ます。様々な可能性がありますね。 静止衛星用はイプシロンだと能力的に難しいので、地球と太陽の引力等が釣り合うラグランジュ点への打上げも構想段階では候補に挙がっていました。

- ここまでプログラムを進めてきて、大変だったことは何ですか?

小型実証衛星1号機には、本当に様々なミッションが搭載されています。普通、衛星には地球観測などの大きな目的があり、そのためのセンサなどを搭載するのですが、この衛星には、お互いに全く関係が無い7つものミッションを詰め込む必要があります。 衛星が「ミニ宇宙ステーション」みたいなものなんですね。

全てのミッションを問題無く実行できる形で、わずか1m角の本体に配置するのは、まるでパズルのようでした。この調整が大変で、かなり時間を使いました。

また、今回はイプシロンロケットで初めて複数の衛星を打ち上げます。ロケットの複数衛星搭載機構の開発と並行して、超小型衛星やキューブサットのユーザとの調整をするのもなかなか大変な作業でした。

- 小型実証衛星1号機の衛星本体は、大学発ベンチャーのアクセルスペースが担当していますね。

はい。衛星開発メーカは各社に提案を公募のうえ決定したのですが、結果としてJAXAで初めてベンチャー企業に衛星開発を担当いただくこととなりました。 宇宙産業全体の活性化のためには、ベンチャーの活躍が不可欠です。本衛星の開発を通じて、JAXAと宇宙ベンチャーが協業することで得られる可能性を示すという大きな意義があると感じています。アクセルスペースさんには、スピード感のある開発を特に期待しています。
また、これまでJAXAが打ち上げた小型衛星はJAXAが筑波宇宙センター内の管制室から運用を行っていましたが、今回の衛星はアクセルスペース社の開発した自動運用システムを利用する予定です。これもJAXAとしては初めての取組みですので、期待しています。

- 2号機の応募状況はどうなっていますか。また応募するにはどうすれば良いのでしょうか。

このプログラムでは、2年に1回、計4回の打ち上げ実証を計画していて、2号機は2020年度に打ち上げる予定です。 公募自体は通年で行われていますが、テーマは打ち上げの2年前に決定されるので、2号機分は2018年度中には選定作業が行われることになります。今のところ、20件以上の応募が集まっています。

応募の段階では、まだ動作する実物がなくても構いません。書類に必要事項を書いて頂くだけで大丈夫です。詳しくはホームページをご覧になってください。

- 今後の応募については、どのようなことを期待していますか。

チャレンジングで、宇宙産業の発展につながるテーマを期待しています。JAXAとしてこれから強化しようとしているデブリ除去の技術も、どんどん提案して欲しいですね。

また、たくさんの新しいプレイヤーに参入してきて欲しいと考えています。1号機のテーマでは、今までJAXAがほとんどやってこなかったエンターテイメント分野も採択しました。 「あれがアリならこれも」という感じで、企業の参入が増えてくれれば嬉しいです。我々が想像もしなかったような、新しい宇宙の使い方を期待しています。

今までの相乗りでは、JAXAの役割は衛星が分離するところまででしたが、このプログラムでは、軌道上での運用まで我々がしっかりケアします。何か分からないところがありましたら、まずはお気軽にご相談ください。