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INTERVIEWインタビュー VOL.1

JAXAとアストロスケール、パートナーシップ体制が実現する前人未踏の技術とスピード感

CRD2プログラム
チーム長 山元透×ADRAS-Jプロジェクト
マネージャ 新栄次朗

商業デブリ除去実証(CRD2)プログラムは、JAXAと民間企業が協力して、大型スペースデブリの除去技術を確立し、人類の宇宙活動の持続可能性に貢献することを目指しています。この連載企画では、このプログラムに携わる人々の対話を通して、開発の動向やプロジェクトの舞台裏、それぞれが感じているやりがいなど、普段はなかなか表に出てこない情報を掘り起こしてお伝えしていきたいと思います。
第一弾となる今回は、CRD2プログラムのチーム長・山元透(やまもと・とおる)さんと、CRD2フェーズⅠミッションを実現するアストロスケールのADRAS-Jプロジェクトマネージャの新栄次朗(あたらし・えいじろう)さんが両社のパートナーシップから得られたことをテーマに語り合いました。

コロナ禍で始まったCRD2プログラム

山元さんと新さんの役割を教えてください。

山元 私は、商業デブリ除去実証(CRD2)プログラムのチーム長をしていて、ひとことで言えば、「プログラムを取りまとめる責任者」という役割です。CRD2プログラムはフェーズⅠとⅡに分かれています。アストロスケールさんと一緒に進めているフェーズⅠでは、様々なJAXAにおける関連活動のマネジメント、具体的には、JAXAからの技術的なアドバイスやJAXAの研究成果の知的財産の提供、試験設備の供用などのマネジメントをしています。

 CRD2プログラムのフェーズⅠの民間実施事業者として選定していただいたアストロスケール側で、ADRAS-Jプロジェクトのプロジェクトマネージャを務めています。JAXAさんと弊社とのカウンターパーソンという位置づけですね。

山元さん(左)と新さん(右)

おふたりはどのようなときに顔を合わせていますか。

山元 そうですね、やっぱり、このプロジェクトにおけるコミュニケーションを語るときに欠かせないのが、新型コロナウイルス感染症による影響ですね。このプロジェクトは、2020年春頃に始まったんですが、ちょうどこのとき、世間はセミロックダウン状態で、出勤にも制限があるような時期でした。そのため、大半のコミュニケーションは、リモート会議で取ってきたという特徴があります。

 そうですね。ウィズコロナ時代を象徴するようなコミュニケーションの取り方をしていました。

山元 普段のコミュニケーションの95%ほどは、何らかのオンラインツールを使っていたように思います。ただ、最近はアストロスケールさんが筑波宇宙センターで衛星の組立てや試験をしていらっしゃるので、直接お会いする機会が増えましたね。

デブリ問題との出会い

新さんは、以前は電気メーカで働かれていたということですが、どういう経緯でアストロスケールに入社されましたか。

 山元さんの前でお話するのは少しお恥ずかしいですが(笑)。私は、昔から世の中の役に立つことをしたいと考えておりました。それが実現できる職種として、電気系のエンジニア・設計者になりました。前職で手掛けていた製品は、オフィスで利用されるある電気製品で、電気もありメカもあり、多様な技術の集合体で、エンジニアとしては非常に面白い対象で、やりがいをもって取り組んでいました。

しかし、長年やっているうちに、少しずつ考え方が変わってきました。だんだんと「今この瞬間に」役立つことではなく、「将来にわたって」役立つことをしたいと考えるようになりました。そして、その将来にわたって世の中の役に立つことが、自分にとっても面白く、魅力を感じられるものであれば幸せなことだなと。

そんなことを考えていたときに出会ったのがアストロスケールでした。メディアで取り上げられていましたので、宇宙環境が悪化していることは知っていましたが、それに取り組む会社があることは知りませんでした。宇宙環境の悪化を食い止めることは、まさに私がやりたいと思っていたことに、当てはまっていました。

山元 それで、新さんからアストロスケールさんの門戸を叩いたんですか。

 そうですね。こうして今、CRD2プログラムに携わらせていただけているのは大変ありがたいことです。こういう機会はそうそうあるものではないですし、JAXAさんには大変感謝しています。

山元さんがCRD2プログラムを担当するまでの経緯を教えてください。

山元 どこから話そうか迷ってしまうほど長い話なのですが、実は、私はデブリ問題にかかわる仕事をすることになるとは、思っていませんでした。

話はまず1998年まで遡るのですが、当時、私はまだ大学生でした。夏頃は、大学院入試を控えた時期で、私は自宅でずっと受験勉強していたんですよね。そのとき、ちょうど宇宙開発事業団(NASDA:JAXAの前身)は、技術試験衛星VII型「きく7号」(ETS-VII)の実験を行っていました。きく7号は、チェイサ衛星の「おりひめ」とターゲット衛星の「ひこぼし」の2基で構成されていて、ランデブ・ドッキング技術、軌道上ロボティクス技術などを獲得することが目的でした。

技術試験衛星VII型「きく7号」(ETS-VII)

私はこれを、当時からすごいミッションだなと思っていました。まだそれほど軌道上ランデブ・ドッキングや、宇宙ロボティクスにあまり実績がなかった日本が、世界的に見てもこの分野のトップレベルの技術実証を突然やりだしたという印象を持ったのです。
また、情報発信もかなり挑戦的で。当時はまだブログという言葉も一般的でなかった時代に「M.Odaの個人的ETS-VIIプロジェクト日誌」というWeb日記スタイルでの直接的な情報発信や、当時これもまた珍しかったミッションのインターネット中継を実施していました。8月のドッキング実験の、手に汗握るインターネットライブ実況などを通して、私は自宅にいながら感動しまして、それで私はNASDAに将来就職することを決めてしまったということがありました。

それで、のちにNASDAに入社しまして、まさにランデブ技術を研究している部署に異動になったのですが、そのときは、既にいわゆる「協力的な」物体へのランデブ技術の研究は、終了していました。「協力的な」物体というのは、ランデブする相手として協力的であるという意味で、通信や姿勢制御等の、ランデブされる準備や能力のある衛星等のことをいいます。当時、諸先輩方の研究の方向性は、より難易度が高い、「非協力的な」物体へのランデブ技術(以下、非協力ランデブ)の開発を目指していました。しかし、その後、10年以上にわたって何回か「非協力的な」物体へのランデブ技術の実証プロジェクトを提案する機会はあったのですが、実現はしなかったんですよね。いま振り返ると、プロジェクトとして成立しなかったのは、非協力的ランデブ技術の明確なユーザが当時はいなかった、という事情からだろうと思います。

この様子が変わってきたのは、2010年代前半だと思います。NASA(アメリカ航空宇宙局)の研究者の論文がきっかけでした。それは、デブリ問題の解決には、比較的少ない数の軌道上の大型デブリを、専用の衛星などで取り除くことで、将来、衝突によって大量のデブリを生み出してしまうことを未然に防ぐ「積極的デブリ除去(Active Debris Removal, ADR)」が有効だという主旨でした。私は、それまでは、ランデブ技術はデブリ問題とはあまり関係がないと思っていたんですよね。軌道上に100億個以上もあるといわれる小さいデブリを、一つずつ拾って回収するなんて、軌道力学の常識から考えてありえないと思っていたんです。でも、この主旨の積極的デブリ除去が有効なら、ランデブ技術を、社会問題の解決に役立てられる道があるなと。それからは、研究の傍ら、商業デブリ除去の検討に参加しました。その流れで、今は、CRD2プログラムのチーム長をやらせていただいています。

デブリ除去を企業と共同で商業的に実施する構想にいたったのはなぜですか。

山元 米国の動きに刺激を受けたことが大きいですね。NASAが実施した「商用軌道輸送システム(COTS)」というプログラムがあります。これは、NASAが民間企業の活力を活用して国際宇宙ステーション(ISS)に貨物を輸送する宇宙輸送技術の開発を実施したプログラムで、SpaceXやOrbital Sciences (現在はNorthrop Grumman)といった企業を育てました。このCOTSプログラムはNASAにとっても新しい取組みだったわけですが、結果的に大成功したと言われており、JAXAはこれに強いインスピレーションを受けました。もちろんNASAとJAXAは組織の成り立ちから規模から様々に違うので、全く同じことはできません。でも、民間の裁量を大きくした制度を設計することで、デブリ除去技術を開発した後に、企業がスムーズにその技術をビジネスに活かせるのでは、と考えました。

実際にフェーズⅠの契約は、アストロスケールさんに裁量を持っていただけるようにしています。例えばJAXAのプログラム管理要求や技術標準をADRAS-Jプロジェクトには適用せず、アストロスケールさんがご自身の基準を適用できます。CRD2プログラムは技術的にも、このような制度設計の面でも大きな意義があって、このプログラムを前に進めること自体にやりがいを感じています。

ADRAS-Jの開発は正念場に

CRD2プログラムを通してアストロスケールは、JAXAからどんな支援を受けていますか。支援があったからこそ前進できた具体的なエピソードがあれば聞かせてください。

 JAXAさんの支援がなければクリアできなかった課題は数多くありますが、ひとつ挙げるならば、宇宙開発ならではと感じた「軌道上シミュレーション」のノウハウ提供について紹介させてください。アストロスケールも軌道上シミュレーションの知見はありますが、難易度の高い非協力ランデブで、今まで誰もやったことがないような距離までデブリに接近するADRAS-Jのミッションでは、高精度なシミュレーションが必要です。

ADRAS-J軌道上イメージ

というのもADRAS-Jがターゲットとなるデブリに衝突してしまうことは言語道断です。例えるなら、自力で動けなくなった車を移動させるためのレッカー車がその車にぶつかってしまうような話で、決してあってはなりません。おかげさまで、安全な設計だと言えるようになるところまで約1年前に到達できました。JAXAさんのご支援がなければ、明らかにできなかったことのひとつです。

それから、衛星の試験設備もお借りしています。私たちの開発スケジュールと試験設備の使用可能な期間が合わなかったときも、かなりタフな交渉をしていただいて、試験設備の調整にご尽力いただきました。

山元 そもそも非協力ランデブは、日本ではまだ誰も実施した経験がないことなので、試験ができる設備も、国内ではこの技術領域の研究を行ってきたJAXAしか持っていません。世界的に見てもこのスケールで試験ができる設備はひとつかふたつか……もしかすると唯一無二かもしれません。JAXAの側から見ても、共同で進めているからこそ、スムーズに試験を進められたのではないかと思います。

スタートアップ企業であるアストロスケールと組むことで、JAXAがインスピレーションを受けたことはありますか。

山元 とにかく活力を頂いているという感じがします。アストロスケールさんは、会社が、日々成長していらっしゃるのを感じますね。コロナ禍でアストロスケールさんのオフィスに頻繁には伺えなかったのですが、久しぶりに行くと、いつも何かがガラッと変わっているんです。オフィスなり、設備なり、そして従業員の方が増えたり、仕事の進め方もダイナミックに変わったりしています。そして、アストロスケールさんは海外にも拠点をお持ちで、外国籍の従業員の方も大勢いらっしゃいます。私たちも会議を英語で行ったり、海外のエンジニアの方々と接したりするなかで多様性に富んだスタートアップのエネルギーを吸収させていただいています!

いよいよADRAS-Jの打上げが迫ってきています。開発はどのような段階にありますか。

 8合目付近まで来ていると思います。ただ、私は前職の経験から、8合目までできたと思ったところから、最後の2合を登りきることは、想像以上の努力を必要とし、最もむずかしいと考えています。実際、ADRAS-Jについてもこれは当てはまると思いますので、まさに正念場を迎えていると言えます。

ADRAS-Jはまだ誰もやったことがないことを、誰もやったことがないスピード感で、誰もやったことがない枠組みでやり遂げようとするプロジェクトです。私たちの取り組みはデブリ除去に止まらず、この新しい形での試み、つまりJAXAさんと民間企業の協力という観点でも、これからの宇宙開発のロールモデルのひとつになると思っています。その意味でも、意義が大きい一方で、必ず成功させなくてはなりません。

ADRAS-J熱真空試験

CRD2プログラムやADRAS-Jに関心を持ってくださった方が、取組みを応援する方法はありますか。

山元 JAXAもアストロスケールさんもSNSで情報発信をしていますので、レスポンスしていただけると励みになりますね。

 私もSNSなどでいただく温かいコメントはよく拝見しています。それから衛星通信やGPSなど、宇宙空間を利用したサービスが増えており、宇宙はもはやライフラインの一部になっています。デブリ問題が生活を脅かしかねない大きな課題だと知っていただいて、関心を持っていただくことが重要と考えます。

山元 そうですね。もう少し広い視点でいうと、CRD2プログラムは、技術や環境問題、法制度をはじめ、関係する領域が多岐にわたります。CRD2プログラムを通して、色々なことに興味や関心を持っていただいて、自分なりのアクションを起こすきっかけにしていただければ、それはいつか強い応援になって私たちのところに帰ってくると期待しています。

山元 透JAXA 研究開発部門商業デブリ除去実証チーム長
2001年3月
宇宙開発事業団(当時)に入社。小型人工衛星および航法誘導制御系技術の研究開発に従事。
2019年9月
商業デブリ除去実証(CRD2)のチーム長に就任。
新 栄次朗株式会社アストロスケール ADRAS-Jプロジェクトマネージャ
2019年8月
電気設計グループのマネージャとして、株式会社アストロスケールに入社。
ELSA-dおよびADRAS-Jの開発・設計に従事。
2021年4月
ADRAS-Jプロジェクトマネージャに就任。