イオン液体の宇宙適用性の研究
研究の背景
従来の宇宙用潤滑油の主な課題として、境界潤滑(油膜形成が不十分で摩擦面が接触する状態)下の摩擦摩耗特性向上があります。宇宙用潤滑油としてフッ素油と炭化水素油が広く使用されていますが、フッ素油では腐食摩耗が進行するという問題があります。 このため、炭化水素油を使用する場合が多くなっていますが、炭化水素油の境界潤滑特性の改善に必要な高真空中で使用できる極圧剤(摩擦面に一種の保護膜を形成する添加剤)は開発されていません。 このような問題点を解決するために、新規潤滑油としてのイオン液体の性能評価を行っています。また、協同油脂株式会社殿と共同でイオン液体グリースの開発を進めています。
成果の概要
イオン液体は極めて低い蒸気圧を有し、また優れた潤滑性能を示すことから、新規高性能真空用潤滑剤として注目されています。

一例としてイオン液体Dialkylpiperidin bis(trifluoromethanesulfonyl)imideの構造を図1に示します。イオン液体の高真空中での境界潤滑性能を評価するため、ボールオンディスク摩擦試験を行いました。 鋼球、ディスクの材料はSUS440C、鋼球の直径は4.76mm、荷重は50N、速度は0.02m/s、試験時間は3時間です。
図2に摩擦係数の結果を示します。イオン液体は既存の宇宙用潤滑油であるMAC(炭化水素油)、PFPE(フッ素油)に比べて低摩擦を示すことがわかります。

図3に試験後の鋼球の写真とディスクの断面曲線を示します。MACで潤滑したディスクが摩耗していることはわかりますが、イオン液体で潤滑したディスクには摩耗が見られません。

図4に摩擦試験中のアウトガス特性を示します。PFPEが摩擦によって分解していることはわかりますが、イオン液体の分解によるピークは見られません。

表1にASTM E 595に準拠したアウトガス測定(宇宙用有機材料アウトガスデータ集 参照)のデータを示します。宇宙用材料の選定の目安は質量損失比(TML、Total Mass Loss)1%以下、最凝縮物質量比(CVCM、Collected Volatile Condensable Materials)0.1%以下です。イオン液体は優れた熱真空安定性を有することがわかります。
Material | TML, % | CVCM, % |
---|---|---|
815Z (PFPE) | 0.06 | 0.02 |
2001A (MAC) | 0.21 | 0.05 |
Dialkylpiperidine TFSI (ionic liquid) | 0.193 | 0.017 |
まとめ
イオン液体が既存の宇宙用潤滑油に比べて真空中で優れた境界潤滑性能を示すことを明らかにしました。
研究発表
- 野木高、鈴木峰男、小川哲男:「高真空下でのイオン液体グリースの境界潤滑性能」、トライボロジー会議予稿集 佐賀2007-9(2007)305
- Nogi, T., Suzuki, M. and Ogawa T., “Boundary Lubrication Performance of Ionic Liquids Under High-Vacuum,” Proceedings of the 3rd Asia International Conference on Tribology, (2006) 277.