研究紹介

耐原子状酸素コーティングの開発

人工衛星等の宇宙機の外表面には、断熱のため、高分子フィルムを積層した多層断熱材(MLI:Multi-Layer Insulation)が広く使用されています。多層断熱材の最外層には、耐熱性、耐放射線、耐紫外線性に優れるポリイミドフィルムが主に使われます。一方、国際宇宙ステーションや地球観測衛星等が飛行する地球低軌道環境(例えば高度700km以下)には、原子状酸素(AO:Atomic Oxygen;太陽の紫外線で原子状に解離した大気由来の酸素)が多く存在し、これとの衝突によってポリイミドを含む高分子材料は浸食されてしまいます。原子状酸素からの保護を目的として、ポリイミド表面には原子状酸素に耐性を有する酸化物(シリカ等)や金属膜をコーティングすることが一般的ですが、これらの膜は小さな割れの発生など、損傷しやすい欠点があります。原子状酸素は非常に小さいため、細かな割れにも侵入し、ポリイミドフィルムを浸食してしまいます(図1)。



図1 原子状酸素による浸食例
図1 原子状酸素による浸食例
国際宇宙ステーションの太陽電池パドルの端部フィルム(両面アルミニウム蒸着ポリイミドフィルム)について、約1年間の宇宙環境曝露後に撮影したもの。アルミニウム膜の欠陥から原子状酸素が侵入し、中のポリイミドフィルムが浸食されたと推察されています。
<出 典>
B. A. Banks, K. K. de Groh and S. K. Miller, “Low Earth Orbital Atomic Oxygen Interactions with Spacecraft Materials”, Materials Research Society Symposium Proceedings, 2004.


(酸化物型)
シリカ
シルセスキ
オキサン
(高分子型)
シリコーン
基本単位 SiO2 RSiO3/2 R2SiO
環境耐性
柔軟性施工性

表1 シリカとシリコーンの中間的性質を有するシルセスキオキサン

そこでJAXAでは、新しいシリコン系材料であるシルセスキオキサン誘導体(SQコート)を耐原子状酸素コーティングとして、ポリイミドを始めとする宇宙用材料に適用する研究開発を行っています。シルセスキオキサンは、シリコーン(有機的)とシリカ(無機的)の中間的性質を有する有機-無機ハイブリッド材料です。表1のとおり、耐環境性と柔軟性・施工性(密着性)のバランスが良いため、施工しやすく、割れにくいながらも、放射線、紫外線等の宇宙環境に耐性にも優れる理想的な耐原子状酸素コーティングとして期待でき、宇宙環境を模擬した各種地上試験(原子状酸素、紫外線、電子線等の照射)でも、その優れた特性が確認されています(図2、3)。また、宇宙用の高分子材料として問題となりやすいアウトガス(真空中にガスが揮発する現象。周囲を汚染させるため問題となる)も非常に少ないことも試験で確かめられました。

また、このコーティングは液状で塗布でき、紫外線照射によって硬化させることが可能です。従来の酸化物系コーティングは、スパッタリング装置中での成膜が必要でしたが、本コーティングは複雑形状や他品種小部位への適用、さらには宇宙機組立て中の補修等にも、活用が期待されます。

シルセスキオキサンに原子状酸素が照射されると酸化し、照射面にシリカ(SiO2)の酸化膜を形成します(図4)。このシリカ酸化膜の耐原子状酸素性によりポリイミドフィルムは浸食から免れます。



図2 ポリイミドフィルムへの原子状酸素保護効果
図2 ポリイミドフィルムへの原子状酸素保護効果
一部に耐原子状酸素コーティング(シルセスキオキサン)を施したポリイミドフィルムに対し、プラズマアッシャー試験(原子状酸素耐性を簡易的に評価)を行った結果。コートのない部分は浸食され、擦りガラス状になったのに対し、コートした部分は全く変化が見られませんでした。(原子状酸素照射相当量:2.3 × 1020個 / cm2


図3 耐原子状酸素コーティングの効果
図3 耐原子状酸素コーティングの効果
コーティングなしのポリイミドフィルム(KaptonRH)は原子状酸素による浸食によって質量が減少しました。一方、耐原子状酸素コーティング(シルセスキオキサン)を施したポリイミドフィルム(候補A、B)は質量変化が見られませんでした。


図4 耐原子状酸素コーティングと酸化膜の断面図
図4 耐原子状酸素コーティングと酸化膜の断面図
原子状酸素照射後、コーティングの表面にはシリカ(SiO2)が確認されました。(原子状酸素照射相当量:1.0 × 1020個 / cm2


耐原子状酸素コーティングのこうのとり3号機搭載について

耐原子状酸素コーティングについて、こうのとり(HTV)3号機の機体識別マーク(日の丸とロゴ(HTV3、JAPAN))の保護材として採用されました。(こうのとり3号機は、2012年7月21日に打ち上げられました。)機体識別マークは、こうのとり3号機の推進モジュール(進行方向最後方;写真1)と、曝露パレット(写真2)に取り付けられています。曝露パレットがISSに係留される長期間にわたって、その外観を維持し続けることが期待されています。



写真1 国際宇宙ステーション接近するこうのとり3号機
写真1 国際宇宙ステーション接近するこうのとり3号機


写真2 国際宇宙ステーションとドッキングしたこうのとり3号機と曝露パレット
写真2 国際宇宙ステーションとドッキングしたこうのとり3号機と曝露パレット